富士山に続き、富岡製糸場が世界遺産に登録されるそうです。富岡製糸場は官営工場の代名詞として学校の歴史で習いますね。製糸場、つまり、養蚕業が日本の近代化、外貨獲得に大きく寄与していたというこで、当時の相模原も養蚕が盛んだったようです。
かつては、水田に適さない痩せた、収穫乏しい畑作地帯であった相模原の台地でしたが、元禄時代の頃から国内の絹織物需要が高まり、相模原でも桑を植え養蚕をはじめて、漸く農民の生活が潤ったとのこと。
そういえば子供のころは、田舎の家のグルニエ?も、蚕の飼育場だったような、、、もう蚕はいなかったですが、、、蚕よりモスラの方が親しみ深い年代です。